シュルレアリスム実践メモ

学問としてシュルレアリスムを学ぶ管理人が(体を張って)シュルレアリスト・アート、ゲームを実行するブログです。シュルレアリスム初心者から専門的に学ぶ人まで楽しめるようにしたいとおもいます。

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WEEK3 芸術と反芸術 

WEEK 3 芸術と反芸術

イギリスはすっかり寒くなってまいりました。
それでもめげずにアイスクリームを食べ続けます。

今日の格言:心はいつも Lost in Dada (By CFB Miller)

cezanne


本日の授業は"反芸術としてのDADA"と称して、ニューヨーク・ダダの
マルセル・デュシャン&フランシス・ピカビアに登場してもらいます。

この二人の悪ふざけ的態度というか、遊び心が行き過ぎちゃったような所が実は大好きです。

彼らのアート/反アートは保守派に受け入れられない所か前衛にまで否定されてしまうのですが…

デュシャンの受難・前編

後に「泉」などのレディメイドで知られるデュシャンですが、もともとはキュビスムの画家であった2人の兄の影響でそっちの方向に進もうと決めていました。…すくなくとも1912までは。

サロン・ド・アンデパンダン展に「階段を下りる裸体No2」の出品を決めたデュシャン。

nude


展覧会当日になっていきなり

兄「スマン、何か実行委員会がダメだって」
デュシャン「Σ( ̄□ ̄;)!! 」

拒否宣告を受けてしまいます。

理由としては、
①未来派っぽいから:(集中線、ダイアグラムのような点線など)キュビズムは未来派を嫌っていました。そんでもって実行委員のAlbert Gleizesはバリバリのキュビストでした。
②タイトルが文学的すぎ:しかも絵に書き込んである(下部)

そして留めの一言

「裸体は階段を下りるものじゃない!寝そべるものなんだ!」

彼は結局、タイトルを変えたら展示してやるとの申し出を蹴って出品をとりやめました。
その1年後、NYの前衛展アーモリーショーで「階段を下りる裸体」は無事展示されるのですが、やっぱりセンセーションを巻き起こし、「裸体」が展示されていた部屋は「恐怖の部屋」などと呼ばれてしまうのでした。


当時のセンセーションからこんなパロディも。
rude



後半へ続く
デュシャンの受難・後編

アーモリーショーの年からレディ・メイドに傾倒しはじめます。
bicl wheel
自転車の車輪 1913 くるくる回して遊ぶのが好きだったらしい

1916年アメリカでもアンデパンダン展をやろうじゃないか、ということになり、デュシャンも設立にたずさわりました。
モットーは 出品料6ポンドで 無審査展示
そこで実行委員でもあったデュシャンは悪名高い「」を偽名”R.Mutt”で出すわけですが、展覧会当日「泉」は公衆の目に触れない仕切りの間に
ずっと隠されていました。
fountain
」スティグリッツ撮影

怒った彼はもちろん抗議文を匿名でだしました。送り先は雑誌「ブラインドマン」で以下の主張をしています。
・芸術家が作ることではなく選らんだことの重要性
・もともとの便器にはない「新しい意義」の創造の評価
・「下品」ではなく「不条理」

ついで、実行委員も辞めてしまいます。
「自分の女友達の作品が拒否された」として。

彼は作品を一旦持って帰ったのですが、何やらかんやらで今はオリジナルは紛失しています。
レプリカは各地に散らばっていて、その一つ一つが「アート」として美術館やギャラリーで展示されています。が、大事なのはオリジナルではなくてレディメイドの概念そのものです。美術館はコンセプトを展示しているともいえます。

レディメイドの出品を決めたときから彼の挑戦は始まっていたわけですが、現在こんなにあっさりと万人に受け入れられている「泉」を見たら
ちょっと複雑な思いなんじゃないかとも思ってしまいます。

何はともあれ、これがコンセプチュアルアートと呼ばれるものの幕開けになります。

また長くなってしまった…一旦きります。
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