シュルレアリスム実践メモ

学問としてシュルレアリスムを学ぶ管理人が(体を張って)シュルレアリスト・アート、ゲームを実行するブログです。シュルレアリスム初心者から専門的に学ぶ人まで楽しめるようにしたいとおもいます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

WEEK4&5 ベルリン・ダダ

WEEK4&5 ベルリン・ダダ



先週・今週とドーン・アデス教授がメキシコに旅立ってしまっているので、ドクター・チャールズ・ミラーの代講です。


 


わーい、金返せー。



…ええと、あまりにも内容が薄かったので合併号にしてしまいました。


 



 




上の写真は1920にオットー・ブルヒャルト博士の支援で行われた


第一回ダダ国際見本市(First International Dada Fair)の様子です。


左手の壁にはOtto Dix(オットー・ディクス)の戦争負傷兵の風刺画が、


天井から吊るされているのはドイツ人将校の制服を着た豚頭のマネキンです。首にかけたプラカードには「革命によって絞首刑にされた」とかいてあります。




[ダダはドイツのボルシェビズムである](ヒュルゼンベック)という格言(?)


があるほど、ベルリン・ダダは政治色が濃ゆーくでていました。      それもそのはず、ドイツは先の世界大戦でど真ん中で戦っていましたから。ダダは基本、アンチ・国粋主義者、戦争反対派ですので、こういう


警察に目をつけられつつも、こんなイベントもやっちゃうわけです





戦争反対派アートムーブメントといえば、ドイツ表現主義があげられますね。








しかしベルリン・ダダ創設の中心であるリヒャルト・ヒュルゼンベックは、表現主義を


絵を描くだけで実質的活動をしていない、ゴシック主義だと批判しています。





彼のモットーは「ダダは芸術であることをやめ、外に敵を探しに行く」。


アクティビストを自称してますから。







じゃ、ダダは何をしてたのか、というと、主に雑誌を通して考えを一般に普及させようとしていました。いわゆるプロパガンダです。






Der Dada


Der Blutige Ernst


Almanach der neuen Jugend











検閲により一巻で廃刊に追い込まれた雑誌もありましたが、それでもタイトルを変え表紙を変え、同じような内容の雑誌をいくつもつくっていたようですさらに共産党に入ったメンバーもいました。



そんなわけで、上記の国際見本市はベルリン・ダダの集大成だったわけです。





後半はベルリン・ダダの特徴であるフォトモンタージュを人物紹介とともに


見ていきます。


Adolph The Superman /John Heartfield


 


カギ十字がハートのヒトラー!骨の髄まで金貨ってことか。


ジョン・ハートフィールド(本名・Helmut Herzfeld )はハウスマンとともにモンタージュの権威として知られています。フォトモンタージュの特性はなんと言ってもそのリアリティ. ルポルタージュ的リアリティと糾弾性をもちつつ、絵画のように操作もできる、スグレモノ。ハートフィールドはナチス批判を続けつつ共産党にも入っていました。彼の作品の特徴は、その精巧さ。一見継ぎ目がわからないなめらかなモンタージュになっています。


ハートフィールドのほかのフォトモンタージュ



Daum Marries Her Pedantic Automaton George in May 1920, John Heartfield is Very Glad of It/ George Grosz


daum




風刺画家ジョージ・グロスです。1914年の大戦開始時に戦争をおわらせるためとして志願兵になるも負傷して帰り、戦争の実情に幻滅します。


その後も共産党入党歴あり、逮捕歴ありと、わりと活動家なグロスさん。


上の作品は水彩画なので本来の意味でフォトモンタージュではないですが、オートマンの機械部分はコラージュになっています。


生身の女性に振り向きもしない、人形のような顔のオートマン。戦争負傷兵を思わせる短い腕と、それを補強するようにゴテゴテとくっついたマシン類。




人体と機械の融合はベルリン・ダダでは重要なモチーフになっています。



しかも機械文明を賛美しているのか、批判しているのかあやふやな所があります。




tatlin




「芸術は死んだ。タトリンの機械芸術、万歳!」ハートフィールドとグロス


※タトリン=ロシア構成主義芸術家




Sprit of our time/Raoul Hausmann




 


良くも悪くも機械との共存が「時代の精神」だとしてダダイスト達に受け入れられた


ことは間違いないようです。







Strange Beauty/ Hannah Hoch







最後にハウスマンの恋人であった女性ダダイスト、ハンナ・ヘッヒの作品。         


彼女も、人体+機械のフォトモンタージュを残していますが、私はこの


民族博物館シリーズ」とよばれる、西洋人女性とプリミティブ彫刻の奇妙な


組み合わせが好きだったりします。グロ可愛いってやつです


このシリーズは他のダダ作品と比べ政治色がないと批判されているのですが


どうでしょう。


性のステレオタイプ化、拡大された目による閲覧者への威嚇


人間(他民族)を「展示」することへの疑問(実際にあったそうです)、


優越主義・帝国主義への不振など、色々見えてくる気がしませんか。





このようにベルリン・ダダの持つプロパガンダ的攻撃性は芸術に対してではなく社会・政治そのものに向けられ、その点で他都市のダダとは異なるといえます。



チューリッヒ・ダダの抽象画が「沈黙」だとすれば


フォトモンタージュは万人にわかりやすい、目で見る「演説」だったのです。




スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2006/11/17(金) 02:10:11 |
  • |
  • #
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://surrealisme66.blog53.fc2.com/tb.php/82-13e93480
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。